おばあちゃんの話によると、顔回にはいろんなところから仕官のアプローチがあったそうです。しかし、学問をしたいということで、全部断ってしまいました。
好きこのんで貧乏に身を置く顔回に、孔子は顔回の恋人であるおばあちゃんを通して、ときどき差し入れを行っていました。
あるとき、孔子はこんなことをおばあちゃんに言ったそうです。
「子曰く。顔回は、自分よりも優れて立派な人だ。
私が与えようとしても絶対に受け取らないから、近所からのもらいものとでも言って、彼に与えてくれ。
くれぐれも、私からとは言わないように」
前世のおばあちゃんは、自分より弟子の方が偉いと告白する孔子の言葉を聞いて、なんと正直で素直な人だろうと思ったそうです。
「でも、孔子さまが自分で話すとき『子曰く』って言うかしら?」
私は疑問に思ってたずねました。
「昔はそう言ってたんじゃないの?」
「それは、お弟子さんの書き言葉よ。中学生でも知っている。自分で話すときは、絶対にそんなふうに言わないから」
「その時代に生きていたわけでもないのに、なんであなたが昔のことわかるのよ。孔子がなんとなくそう言いたかったのかもしれないんだから、ほっときゃいいじゃないのさ」
おばあちゃんはムキになって言います。
「こわ。で、なに。その顔回って人、おばあちゃんが孔子さまからの差し入れで養ってあげていたのね」
「いや、差し入れなんか一つもあげなかった。全部、あたしが食べた」
「えー! どうして! ひどいじゃない!」
「本人がいらないっていうんだから。意志にそむくことをするわけにはいかないだろう?
それに、考え事に没頭していて、どうせ食べないんだもの」
「それじゃ、死んじゃうよ」
「あたしもそれを言ったんだけどね。たいした問題じゃないって、軽くあしらわれたよ。
孔子がこう言っているんだって。
朝に道を聞かば夕に死すとも可なり」
「どういう意味だっけ?」
「朝の太陽に道をたずねたら、夕方までには死ねと言われました」
「違うでしょ!」
「朝、真理の言葉を聞いたとしたら、夕方には死んでもかまわない」
「そうそう」
「これは、孔子の言葉のなかで、顔回の一番好きな言葉だった。
顔回は、真理がわかったらいつでも死んでもいい気持ちでいたの。
だから、食べ物なんかどうでもよかったのね……」
「だったら、もらわなければいいじゃない?」
「せっかく孔子が持ってきたものだから。おいしくいただきました」
「孔子さまがそれを知ったら、怒ったでしょうね」
「怒るもんか。私がいただくことを知りつつ、差し入れをしていたんだよ。それが孔子という人物さ」
「うーん、深いのか、ただの詐欺事件なのか……」
私は、首をひねりました。
「ま、そういうわけで、前世では、顔回はともかく、私は孔子にずいぶんお世話になりました」
おばあちゃんは言いました。
「ひどい話……。で、今の世で孔子に会ったのは?」
「今から12年ほど前よ。あなたも一緒だったわ」
「なんで私が出てくるの? ストーリーが複雑で、先が読めない!」
「あれはね……」
おばあちゃんはスプーンに氷ぜんざいの金時豆をのせたまま、遠くを見るような目で話しだしました。