2011年01月30日
11 波之上マーイ(巡り) 泊外人墓地編
日曜日。
バイト先の久米のカフェで、波之上マーイというお散歩マップを作ることになりました。
マーイというのは、巡り、回り、という意味です。
あまりにもヒマなので、マップを作って客を呼び込もうというオーナーのハンさんのアイデアです。
マップをたどって、気がついたら、自分のカフェで珈琲を飲んでいる、という仕組みだそうですが、果たしてそんなにうまくいくかどうか。
ともかく、私は臨時の取材記者。ハンさんは編集長。ガイド役は、第三話に出てきた『パチンコじいさん』ことヨセヤマさん。この三人でマップを作ることになりました。
「あいっ、今日はナビーは来ないね?」
ヨセヤマさんは、ミニスカばあちゃんも一緒だと思ったらしく、残念がることしきりです。
「おばあちゃんは、バイト」
「よく働くねー。デージ偉い。うちのオバー(老妻)が死んだら、ナビーと再婚するからね。ミニスカートに合わせてから、Tバックでもなんでもするさあ」
ミニスカのおばあちゃんとTバッグ姿のヨセヤマさん。意外とお似合いかも。
まずは、泊の外人墓地に行きました。

久米のカフェからはちょっと離れていますが、広い範囲でお客さんを呼び込もうというハンさんの欲張り根性です。
泊の外人墓地は、港のすぐ近くにあります。小さくて見過ごしそうですが、白い墓石がたくさん並んでいるので、車で通っても見過ごすことがありません。
外人墓地というだけあって、さすがに異質な雰囲気を漂わせています。
ハンさんが運転する車を降りると、外人墓地の上には青空が広がっていました。

「この外人墓地は昼間はこんなだけど、夜はペリーのユーリー(幽霊)が出るよ」
ヨセヤマさんが私を驚かそうとして言います。
「ほら、あそこにある一番大きな墓の下から、半分ミイラ、半分骸骨になったペリーが、ボ、ボ、ボ、ボンジュールって言って出てくるってよ。ほほほ、恐いねえ……」
「でも、あれってペリーのお墓じゃないですよ」
前もって下調べしてきた私は、きっぱり否定します。
「ペリーは沖縄では死んでないですし。あれはペリー上陸記念碑。石碑にあんなに大きく書いてあるのに読まないんだから。それに、マシュー・カルブレース・ペリーはアメリカ人ですから、ボンジュールなんてフランス語を使うはずはありません」
「あっ、そうねえ? あれ、お墓だとずっと思っていたさあ。なんでかねー。ほほほ。じゃあ、あのボンジュールのユーリー誰かねー。教育委員会の人にも同じこと報告してしまったから、来年の歴史の教科書、書きなおさんといかんかもしれんね。アイアムソーリ。ほほほ」
まったく、いい加減なおじいちゃんです。
ついでに訂正しておくと、仮に幽霊がフランス人であったとしても、ボンジュールは『こんにちは』ですから、夜だったら『こんばんは』のボンソワールになるはずです。
こんな人をガイドにして先が思いやられます。
私が前もって調べたところによると、泊外人墓地に葬られている一番古い人物は中国人です。ペリーが沖縄にやってくる百年以上も前の話です。もともとは漂流者を埋葬するための場所だったようですが、黒船でやってきた人々や、宣教師たち、もっとも多いのは、十字架の下で眠るベトナム戦争で亡くなった米軍の軍人だそうです。

いかにも沖縄らしいな、と私が嬉しく思ったのは、沖縄で悪いことをした黒船の外人や、名もない漂流者たちも、他の人たちと平等に埋葬されているということです。沖縄の人たちのやさしさを感じました。
私が一所懸命写真を撮っているあいだ、ヨセヤマさんとハンさんは、パチンコの話で盛り上がって何もしませんでした。
結局、私がひとりで来て、写真を撮ればいいだけの話でした。
バイト先の久米のカフェで、波之上マーイというお散歩マップを作ることになりました。
マーイというのは、巡り、回り、という意味です。
あまりにもヒマなので、マップを作って客を呼び込もうというオーナーのハンさんのアイデアです。
マップをたどって、気がついたら、自分のカフェで珈琲を飲んでいる、という仕組みだそうですが、果たしてそんなにうまくいくかどうか。
ともかく、私は臨時の取材記者。ハンさんは編集長。ガイド役は、第三話に出てきた『パチンコじいさん』ことヨセヤマさん。この三人でマップを作ることになりました。
「あいっ、今日はナビーは来ないね?」
ヨセヤマさんは、ミニスカばあちゃんも一緒だと思ったらしく、残念がることしきりです。
「おばあちゃんは、バイト」
「よく働くねー。デージ偉い。うちのオバー(老妻)が死んだら、ナビーと再婚するからね。ミニスカートに合わせてから、Tバックでもなんでもするさあ」
ミニスカのおばあちゃんとTバッグ姿のヨセヤマさん。意外とお似合いかも。
まずは、泊の外人墓地に行きました。
久米のカフェからはちょっと離れていますが、広い範囲でお客さんを呼び込もうというハンさんの欲張り根性です。
泊の外人墓地は、港のすぐ近くにあります。小さくて見過ごしそうですが、白い墓石がたくさん並んでいるので、車で通っても見過ごすことがありません。
外人墓地というだけあって、さすがに異質な雰囲気を漂わせています。
ハンさんが運転する車を降りると、外人墓地の上には青空が広がっていました。
「この外人墓地は昼間はこんなだけど、夜はペリーのユーリー(幽霊)が出るよ」
ヨセヤマさんが私を驚かそうとして言います。
「ほら、あそこにある一番大きな墓の下から、半分ミイラ、半分骸骨になったペリーが、ボ、ボ、ボ、ボンジュールって言って出てくるってよ。ほほほ、恐いねえ……」
「でも、あれってペリーのお墓じゃないですよ」
前もって下調べしてきた私は、きっぱり否定します。
「ペリーは沖縄では死んでないですし。あれはペリー上陸記念碑。石碑にあんなに大きく書いてあるのに読まないんだから。それに、マシュー・カルブレース・ペリーはアメリカ人ですから、ボンジュールなんてフランス語を使うはずはありません」
「あっ、そうねえ? あれ、お墓だとずっと思っていたさあ。なんでかねー。ほほほ。じゃあ、あのボンジュールのユーリー誰かねー。教育委員会の人にも同じこと報告してしまったから、来年の歴史の教科書、書きなおさんといかんかもしれんね。アイアムソーリ。ほほほ」
まったく、いい加減なおじいちゃんです。
ついでに訂正しておくと、仮に幽霊がフランス人であったとしても、ボンジュールは『こんにちは』ですから、夜だったら『こんばんは』のボンソワールになるはずです。
こんな人をガイドにして先が思いやられます。
私が前もって調べたところによると、泊外人墓地に葬られている一番古い人物は中国人です。ペリーが沖縄にやってくる百年以上も前の話です。もともとは漂流者を埋葬するための場所だったようですが、黒船でやってきた人々や、宣教師たち、もっとも多いのは、十字架の下で眠るベトナム戦争で亡くなった米軍の軍人だそうです。
いかにも沖縄らしいな、と私が嬉しく思ったのは、沖縄で悪いことをした黒船の外人や、名もない漂流者たちも、他の人たちと平等に埋葬されているということです。沖縄の人たちのやさしさを感じました。
私が一所懸命写真を撮っているあいだ、ヨセヤマさんとハンさんは、パチンコの話で盛り上がって何もしませんでした。
結局、私がひとりで来て、写真を撮ればいいだけの話でした。
この記事へのコメント
おもしろ三人組の会話が聞こえるようです!
そのお散歩コースの外人墓地とペリー上陸記念碑は3年前にマーチングバンドの方に案内されて観光に行きました。
ペリーが横浜より先に沖縄に来ていたなんて、知らなかったのでビックリしました。
その後福州園に行きました。
あの時カフェ沖縄式の近くまで来ていたのですね。
そのお散歩コースの外人墓地とペリー上陸記念碑は3年前にマーチングバンドの方に案内されて観光に行きました。
ペリーが横浜より先に沖縄に来ていたなんて、知らなかったのでビックリしました。
その後福州園に行きました。
あの時カフェ沖縄式の近くまで来ていたのですね。
Posted by A & Y-Y at 2011年01月31日 01:25
おもしろ三人組の会話が聞こえるようです!
そのお散歩コースの外人墓地とペリー上陸記念碑は3年前にマーチングバンドの方に案内されて観光に行きました。
ペリーが横浜より先に沖縄に来ていたなんて、知らなかったのでビックリしました。
その後福州園に行きました。
あの時カフェ沖縄式の近くまで来ていたのですね。
そのお散歩コースの外人墓地とペリー上陸記念碑は3年前にマーチングバンドの方に案内されて観光に行きました。
ペリーが横浜より先に沖縄に来ていたなんて、知らなかったのでビックリしました。
その後福州園に行きました。
あの時カフェ沖縄式の近くまで来ていたのですね。
Posted by A & Y-Y at 2011年01月31日 01:25
書き込みが出来てないと思い、またクリックしてしまいました . . .
すみませんでした。
すみませんでした。
Posted by A & Y-Y at 2011年01月31日 01:31
コメントありがとうございます。
沖縄とペリーは関係が深いようです。
いまでもペリーの名前がつくお店とかあるようです。沖縄の人は、ペリーに親近感を持っているかもしれません。
沖縄にはまだ知られていないことがたくさんありますね。
沖縄とペリーは関係が深いようです。
いまでもペリーの名前がつくお店とかあるようです。沖縄の人は、ペリーに親近感を持っているかもしれません。
沖縄にはまだ知られていないことがたくさんありますね。
Posted by namon
at 2011年01月31日 17:55
